
デン・ハーグ中心部のビュッテンホフ(Buitenhof)広場に面して位置している映画館『Pathé Buitenhof』は、歴史的建築の中で映画を観ること自体が魅力になっている映画館です。
歴史的な建築を利用した映画館としての魅力について紹介します。(主に建築についての内容になります。)
1. 建物の歴史について
現在の建物のルーツは17世紀まで遡ります。この場所には1664年頃、ルクマールやエンクホイゼン(基礎自治体)のための宿泊施設「De Twee Steden(二都市)」が置かれていました。その後、この施設にはレストランなど様々な用途が加わります。
それから時は流れて、大きな転換点が1904~1906年に訪れる。建築家 Joh. Mutters Jr. (1858–1930)の設計で、「De Twee Steden」の宿泊施設を拡張する建物として現在のファサード(正面の外観)が造られました。
デン・ハーグ市の文化財資料によると、建築様式は Wiener Sezession(ウィーン分離派)を取り入れたアール・ヌーヴォーとされています※1。
現在も正面にはホテル時代を思わせる“Des Deux Villes”の文字が残っています。
※1)一般的なアール・ヌーヴォーが植物的な有機曲線を中心とするのに対し、ウィーン分離派は幾何学的で直線的なデザインが特徴


特に興味深いのが、建物そのものが映画館になる前から「華やかな社交の場」だったこと。ホテルやレストランとして使われ、後にはブリッジクラブ(トランプゲームを楽しむ場所)などにも利用されていた点でしょうか。







2. 1935年から映画館に
映画館としての歴史はかなり長く、1935年に『Cineac Buitenhof』としてオープンしました。
Cineacは一般的な映画館とは少し違い、当時流行した「ニュース映画館」。ニュースや短編映画を上映するタイプの劇場でした。
この立地は非常に都合がよく、Buitenhofはデン・ハーグの中心商業地区にあり、買物客や街を歩く人が自然に集まる場所だったからです。

その後、1993年にCineacが閉館。
大規模改修を経て1995年12月に現在につながるPathéの映画館として再オープンしました。Pathé自身の社史でも、この時期にMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー※2)系の映画館を引き継ぎ、Buitenhofを改装したことが確認できます。
従って、建物の経緯としては
17世紀の宿泊施設 → 1900年代初頭のホテル・レストラン → Cineacニュース映画館 → 現在のPathé
という、かなり珍しい変遷をたどっています。
※2)アメリカの映画およびテレビ番組の製作・配給会社
3. なぜ人気なのか
この映画館の人気の理由については、以下の理由が挙げられます。
① 映画館に行くだけでなく、歴史地区に出かける楽しみがある
BuitenhofはBinnenhof(オランダの国会議事堂が立地する街区)のすぐ隣。周辺には王宮・国会関連の歴史的建築、De Passage、カフェやレストランなどが集中しています。
そのためPathé Buitenhofがある場所は「街歩き → 食事 → 映画」というデン・ハーグ中心部らしい過ごし方が可能です。人気のアパレルショップなども集まっています。

② 建物の雰囲気が普通のPathéとは違う
この建物はRijksmonument(国指定文化財)です。特にファサードと階段部分には歴史的価値があります。更に2025~2026年の改修では、歴史的な要素を消すのではなく、寧ろそれを活かす方向に進化しました。

2025年11月には、2つのBoutiquezaal(ブティック・スクリーン)が公開。建築家Kees Doornenbal(キース・ドルネンバル)氏が、ウィーン分離派をイメージしたデザインを採用し、歴史的な壁画を見せる照明、1人用・2人用の大きなファウチュア、レーザープロジェクター、曲面スクリーンなどを導入しています。2026年には残りのスクリーンも順次改修しました。
現在は6スクリーンと約1400席を備えています。

③ ハリウッド以外にも良質な作品に強い
Pathé Buitenhofは、Pathéの中でもPAC(Pathé Alternative Cinema※3)の作品を比較的重視している劇場です。いわゆるハリウッドの超大作だけでなく、評価の高い外国映画やアート系・ドラマ系の作品を見る場所としても位置づけられています。外国映画は原語+オランダ語字幕で上映されることが多いのも特徴です。
※3)高品質なアートハウス映画や単館系映画(ミニシアター系作品)を厳選して上映する特別プログラム・レーベル
4. 個人的に気に入っているポイント
この映画館の魅力は、「古い建物を映画館に転用した」のではなく、100年以上にわたって人々が集まる場所だった建物が、時代ごとに役割を変えながら生き残っているところだと思います。
1900年代初頭のホテル建築としての華やかさ、1930年代以降のCineacとしての映画文化、そして現在のPathéという現代的な映画館が、同じファサードの内側に重なっている。
しかも最近の改修では、歴史を隠すのではなく、「歴史そのものを映画体験の一部にする」方向へ舵を切っています。これはPathé Buitenhofが人気を保っている理由をかなりよく表していると思います。
訪れた際の楽しみ方としては、
映画館の外観→「Des Deux Villes」の文字→入口→階段・内装→Buitenhof広場→隣接するDe Passage(オランダ最古の屋根付きショッピングアーケード)
という順に眺めてはどうでしょうか。この建物の歴史がかなり堪能出来ます。


アムステルダムの「トゥシンスキーシアター(the Pathé Tuschinski )」は、オランダにおいて歴史的な映画館として有名ですが、この映画館も規模こそ小さいものの歴史的な背景などを味わいながら充分楽しめる場所です。
また映画が目的でなくても、買物途中で併設するカフェ「Pathé Cafe」を利用することもおすすめです(内装がとても豪華です)。
殆ど建築の内容となりましたが、近くに寄った際は是非訪れてみてください。



◾️施設データ
住所 :Buitenhof 20, 2513 AG Den Haag